AKOAKO’s diary

著作家☆西洋占星術研究家☆古代史研究者☆森村あこのブログです♪

✨節分の幸運メッセージ

 

今日は節分

 

 

節分....

そのまま節目の日であり

昨日から...ヴァージョンが変わった

昨日は西暦表記で

2020202

上から読んでも下から読んでも

周り歌のように巡る数列

2は陰陽でいうと陰で女性数で

1+1 和合の数霊

 

易経でいうと

2は坤爲地....母なる大地

 

坤の卦は大地の象徴

大地は不動でありながら豊かな力を蓄えあらゆるものを生み育てる

 

解説の前に

易という文字はトカゲを側面から見た象形文字

字体の元で

上部の「 日」はトカゲの頭部

下部の「 勿 」は足と尾を表している

いわゆる『 説文解字』で

トカゲは種類にもよるものの

ある種は十二時虫とも呼ばれ、体色を日に十二回も変えることから

易という字は「 変化する」という意味を持つようになった

そして十二時という12の数字は干支の12、時計の12時間表示、1ダースという単位

おそらくひとつの完成を意味しているとも思う

 

とりあえず変化する意味から

「取り換える」「交換する」

かわるという意味から

「変化する」「改まる」

という

占筮書に易という名が付けられた

易経五経のひとつでもあり

古代中国は春秋時代の書物で著者は伏羲

商の時代から蓄積された卜辞を集大成したものとして易経は成立した

 

古来の筮竹を用いた周易( 略筮法)しか

現在は残っていない

 

周易は 周代に行われた易で「 周(あまね)く易(変化)を説く書」という意味である

 

易経はさいしょ運勢を判断する言葉(筮辞)を集めただけのものだった

後代になって、筮辞についての注釈や易全体を統一的に解釈する理論が生まれた

 

なぜ筮なのかは

『 卜』が動物である亀の甲羅や牛や鹿の肩甲骨に入ったヒビの形から占うものであるのに対して、

『筮』は植物である『蓍 』の茎の本数を用いた占いだったからである

 

さらに易理論を編纂したのを「 易伝」といい

十種あることから十翼という

 

易経は占いも原典としての

側面のほかに哲学、倫理を説く経典としての意味をあわせ持つようになり

周易を原型とされ

区別するために易経とも呼ばれる

 

易経」という言葉は漢代に儒教の経典とされて以降のもので

ある意味経典としての権威づけの意味が込められたのが

この頃で

原型成立そのものは 紀元前

書物本来の名は『易』または『周易』である

 

なかみについて、

「文言伝」では、六十四卦のうち最も重要かつ基本の位置づけにある二卦である、乾(けん)および坤(こん)について、詳しい訓詁的な解説がなされている

 

なんで

長く書いたかは「 坤」は基本の卦だからで

乾と坤は

数字で言えば1と2

陰陽でいうと陽と陰

男女

この世の二元論を表している

 

だんだん本題忘れそうになる

易経は若いころ暗記するほ学んだので

こんな簡略では足りないんだけど

 

文言伝のほか

「繋辞伝上・下」には、易の成り立ち、易の思想、占いの方式、など、『易』に関する包括的な説明が収められ、

「説卦伝」では、大成六十四卦のもととなる小成八卦の概念、森羅万象をこの八種の象に分類するその分類のされ方が、詳説される

「序卦伝」には、現行の「周易上・下経」での六十四卦の並び方の理由が説明されていて

 

長いけれど

丸暗記すると 全ての事象は

本来に64卦に収まる

 

その世界観の最終は

流転の卦で終えられている

 

西洋と東洋の決定的な違いは

東洋は

万物の循環を あまねく宇宙真理を体系化できていること

 

行き詰まりさえもプロセス

 

東洋思想を 薦めるのは

今の時代こそ

本当に重要だとおもうから

根幹にあるかないかで

まったく 世界観はちがい

固定され縛りつけられ

磔にするような 社会構造

構築することの無意味さを 本質的にとらえられるから

 

話がそれるので戻そう

 

暦の節目では毎年 節分に 易で占うので(その年について)

 

なのだけど

今年は占わずともなんだか 坤の意思を感じる

 

書いてたらおちついてきた

あまりに深い意識だった

 

ちょっと 驚いた

ふだん 泣くことなんかないのだけど

理由のわからないまま

涙が零れた

悲しいとかそういう個人感情じゃないから

よくわからない

 

しかし

すごく意味はあり 書くのははばかられるので

 

これくらいにする

 

大地の教えは単なる グランディングじゃない

 

生成力であって

易経でいうと始まりの乾

エネルギーを受けて坤が

万物が生まれていく

坤は限りない包容力...

 

包容力など欠片もないオラが語れるようなことじゃないんだけど

意味的にはそうなのだ

 

大地は厚く万物を乗せ、

その徳は天の広大さと一致する

乾坤は天地の意味でもあり

 

坤道は従順に道(ロードではなくタオの意味の道)を守り、君子の道ちもいわれる

先頭きっていくのが乾だとすれば

坤は天に人に従うこと

さすれば守備よく目的地に達することができる

 

ヴィジョンは

本当に すこしはばかられるので

 

メッセージだけにとめおくことにする

 

なにがあっても

宇宙の

そして

地母神の深い抱擁と愛はいつもともにあるということを...